2012年4月29日

諏訪のばあちゃん

ばあちゃんが他界してしまいました。

3月頭からもう長くないと言われ、アルツハイマー末期でオレのことは覚えてないとも言われ、とはいえボードの帰りに会いに行ったらちゃんと会話してくれ、手を握ってくれ、そんなばあちゃんだから、沖縄から帰った翌日の、予定ない休日の朝、なんて、きっと気を遣ってくれたんだろうな。

思えば、小さいころから諏訪に行くたび、ばあちゃんが休んでるところなんて見たことがなかった。いつも畑や台所で仕事をしてた。

さ、会いに行く準備しよう。

告別式終了後 追記
ものすごい疲労感とともに、5/1夜、自宅に帰って来ました。帰宅した途端、張りつめた緊張から解かれたのか、何をする気にもならず、リビングの床から立てず、泥のように眠りにつきました。

何年ぶりかの12時間睡眠後、身体はまだ重いけれど、ようやく落ち着けを取り戻し、昨晩から降り始めたしんしんと降り続く雨が何かを洗い流すかのように。George Winstonが心に染みます。

ばあちゃんのお陰で、数年ぶりに親戚・従兄弟一同が勢揃い。昔はオムツを変えてやったちんちくりん平成生まれの従兄弟たちも酒を飲める歳になり、初めて杯を交わしました。決して正常な家庭環境を持ちえていない一同、夜中の2時まで、ばあちゃんの思い出話に花を咲かせ、なんだか説教じみてた話をした気もするけど、完全に記憶が飛んでるので忘れます。

思い返せば、諏訪に行くとしたらGWばかり。2年前、4年前、御柱、今回もばあちゃんが呼んでくれたのかもしれません。

通夜、火葬、告別式、初七日法要と、ものごとは淡々と前へ進み、気付いたらばあちゃんは小さな骨壷の中に収まっていました。

この2日間、目を瞑ると、ずっとばあちゃんの「来たのかい?」「どういぅー?」という口癖が頭の中を回り、自然と目頭が潤みました。妹とも友だちのような、親のような、いい関係を築いていました。

ばあちゃんがいたから諏訪が大好きでした。

憎らしいくらいに桜がきれいで、諏訪だけが快晴で、最後までばあちゃんにお礼を言わなきゃいけないのかと思うと、まだ胸が痛みます。

先月、ばあちゃんが握ってくれた手の暖かい感触、絶対に忘れません。

ゆっくり休んでね、またね。




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