2010年3月24日

大学院の価値

研究室でお世話になった三上教授の自宅パーティーにお邪魔してきた。ヨメが好きそうなカントリー調の洒落た自宅で、相変わらず綺麗な奥さんと悠々自適に暮らしている。ひと泳ぎ後の12時半出勤なんて、アカデミックにも程がある。

そんな三上教授に何気なく言われた言葉。


「102君は何でも自分で考えて行動していた。私に相談せず、全てが事後報告だった。今の学生はそれができない。」


言われるまで気にもしてなかったが、思えば確かに、論文も特許も就職もBBQも結婚も、三上教授に相談した記憶はない。放任主義な研究室ではあったけど、中でもそう感じさせていたとは。

この三上教授の言葉をキッカケとして、大学院の2年間で自分は何を学んだのか、考えさせられてしまった。

講義や研究で得た知識。これには何にも価値がない。もはや仕事上には役に立たないし、方面でイイ大学を出て、多くの知識を持つ人間は腐るほど居る。それ以上にGoogleという知の巨人が居る以上、人間の海馬では太刀打ちできない。

そもそも大学で勉強なんてしていない。いかに小賢しく単位を取り、時間を金と遊びに費やせるかを真面目に考えていた。一方、勉強以外では何事も"本気"で取り組んだ。とにかく、何事にも我武者羅になれた。

思えば、高校や学部が「生きる楽しさ」を学んだのに対して、大学院では「生きるための力、知恵」を学んだのかも知れない。また、学部までが「流される生き方」なら、大学院は「選択する生き方」だ。そして今は「生き抜く厳しさ」「責任を負う生き方」のステージなのだろう。

 ・コピーバンドの限界に挑戦するため、自分のアピール力を鍛え上げ、

 ・経験が対価に通用するか確認するため、アフィリエイトに身を投じ、

 ・研究室の雰囲気を一転するため、家族付き合いという選択肢を増やし、

 ・社会人や留学生と付き合うため、新しいコミュニケーションを模索し、

 ・就職というキッカケを元に、本当に何をやりたいのか自己分析し、

 ・修論を書きながらも、結婚という大イベントまでクリアできた

三上教授が間接的にでも機会を与えてくれたからこそ、一連を自分で考え、アクションできたのだろう。オレにとって大学院の価値はそれに尽きる、というのが結論だ。

あと2年で定年との事、身体には気を付けて。LEAFが発売されたら営業しに参ります。

0 件のコメント :

コメントを投稿